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福岡地方裁判所 昭和58年(わ)709号 判決 1988年3月23日

主文

被告人諸岡秀輔を懲役八月に、被告人山根勝禧を罰金一〇万円に処する。

被告人山根勝禧においてその罰金を完納することができないときは、金四〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人諸岡秀輔に対し、この裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶与する。

訴訟費用のうち、証人斉藤友昭、同小林妙子、同毛織賢正、同高田泰道、同泉谷貞女、同平川證子、同泉谷芳英、同原田宗龍、同今川博一、同岡本兮子、同平川シマ子、同佐々木星子、同佐々木モト、同楠智子、同山﨑鐵城、同波多至孝、同藤﨑正信、同徳永幸子、同西トキヨ、同青木芳成、同伊藤和子、同中村八代子、同佐々木恵波、同柴田一子、同高田愛、同三浦鏡子、同楠原ノブ及び同大久保ヨ子に支給した分は被告人諸岡委輔の、証人藤井正道、同藤野信行、同高原信一、同松藤賢乘、同井上敦之、同大鶴速水及び同簑原キヨ子に支給した分は被告人山根勝禧の、証人芳井伸明及び同徳川英範に支給した分はその二分の一ずつを各被告人のそれぞれ負担とする。

被告人山根勝禧に対し、選挙権及び被選挙権を有しない期間を短縮し、これを三年とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、昭和五八年四月一〇日施行の福岡県知事選挙に立候補した奥田八二の選挙運動者であるが、

第一  被告人諸岡委輔は、氏名不詳者と共謀のうえ、同候補者に当選を得させる目的で、同年三月二四日ころから三月三一日ころにかけて、別表(一)記載のとおり、

一  福岡県糸島郡前原町大字東五八二番地所在浄土真宗本願寺派西明寺ほか二七か所において、同表被領布者欄記載の斉藤友愛ほか二七名に対し、「このたびは、貴浄土真宗本願寺派より別紙のとおり、福岡県知事に奥田八二を推す旨の推せん書をいただき感謝いたしております。」「どうかご住職におかれては、貴寺の門徒のかたがたはじめ各界各方面へよろしくご鳳声下さるなど、特段のご配慮をたまわり、奥田八二を強くご支援下さいますようお願い申し上げます。」などと記載した「清潔な県民本位の県政をつくる会」具島兼三郎・岩元和秋名義の挨拶状を各五〇枚前後ずつ手渡すなどして配布し、もつて法定外選挙運動文書を頒布し

二  前記西明寺ほか二七か所において、前記選挙の選挙人である同表被申込者欄記載の斉藤友愛ほか二七名に対し、前記候補者のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、それぞれ現金五〇〇〇円を供与する旨の申込みをし

第二  被告人山根勝禧は、氏名不詳者と共謀のうえ、前記候補者に当選を得させる目的で、同年三月二八日ころ及び同月三〇日ころ、別表(二)記載のとおり、

一  福岡県筑紫郡那珂川町大字片縄一九四番地所在浄土真宗本願寺派専光寺ほか六か所において、同表被頒布者欄記載の藤井正道ほか六名に対し、「このたびは、貴浄土真宗本願寺派より別紙のとおり、福岡県知事に奥田八二を推す旨の推せん書をいただき感謝しております。」「どうかご住職におかれては、貴寺の門徒のかたがたはじめ各界各方面へよろしくご鳳声下さるなど、特段のご配慮をたまわり、奥田八二を強くご支援下さいますようお願い申し上げます。」などと記載した「清潔な県民本位の県政をつくる会」具島兼三郎・岩元和秋名義の挨拶状を各五〇枚前後ずつ手渡すなどして配布し、もつて法定外選挙運動文書を頒布し

二  前記専光寺ほか六か所において、前記選挙の選挙人である同表被申込者欄記載の藤井正道ほか六名に対し、前記候補者のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、それぞれ現金五〇〇〇円を供与する旨の申込みをし

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一弁護人らは、本件捜査は政治的意図に基づきその権限を濫用し、違法なものであるから、被告人両名の本件各公訴の提起は、公訴権の濫用に該当する旨主張するが、証拠によつても、本件各公訴の提起を違法又は不当とするような事情は認められないので、右主張は採用できない。

二弁護人らは、(1)公職選挙法一四二条一項は違憲である、(2)被告人両名の本件行為は、法定外選挙運動文書頒布罪及び供与申込罪には該当しない、として無罪を主張するので、以下検討を加えることとする。

1  公職選挙法一四二条一項に規定する文書図画の頒布の制限禁止等の規制は、選挙の適正公平を確保するという公共の福祉のため、憲法上許された必要かつ合理的な制限と解することができるので、弁護人らの違憲の主張は採用の限りでない。

2  そこで、前掲の関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和五八年四月一〇日施行の福岡県知事選挙は、同年三月一六日に告示されたが、これに先立ち昭和五七年一〇月ころ、同選挙に立候補した奥田八二候補の支援団体「清潔な県民本位の県政をつくる会」(以下、「県民の会」という。)が発足し、昭和五八年一月下旬ころ、その本部の内部組織として「諸団体対策グループ」が設立され、主として商工団体や宗教団体等の各種団体に対する活動を行つていた。そして、被告人諸岡は、同年一月末ころ、「県民の会」に参加し、長年県職員として勤務していた経験から、芳井伸明とともに「諸団体対策グループ」の責任者的立場として選挙運動に従事するようになつた。

(二) 「県民の会」では、奥田候補が浄土真宗本願寺派の門徒であつたことから、同派本山に対して、右知事選挙に奥田候補の推薦を依頼していたところ、同年三月中旬ころ、右推薦の決定があつたため、その事務は「諸団体対策グループ」で扱うこととなり、同月一九日芳井が浄土真宗本願寺派総長豊原大潤名義の推薦書を受け取り、習日これを被告人諸岡に報告した。

(三) 被告人諸岡及び芳井は、奥田候補の当選のために右推薦を有り難く思つたが、他方、推薦の事実は西本願寺内部発行の新聞により各末寺に伝達されるだけで、門徒には直接知らされず、また、右新聞の発行日も未定であることを知り、同候補の当選に向けて速やかにこれを各末寺に伝達し、更に、各寺の住職らにはその門徒に対して推薦の事実を周知してもらう必要を感じ、このため両名相談のうえ、(1)前記推薦書の写しとこれに添える挨拶状を作成して、福岡県下六〇〇寺近くの末寺に配布することとし、その枚数は門徒への配布依頼分を含めて、各寺につき推薦書写し及び挨拶状の各五〇枚とする、(2)各寺への訪問の際、現金五〇〇〇円入りの「御仏前」・「御布施」など(以下、単に「御仏前」という。)を供えることとし、その「御仏前」には訪問者の氏名を表示し、資金は芳井において調達するなどの方針を決定した。

そして、同月二一日ころ、芳井は被告人諸岡が起案した判示第一の一及び第二の一記載の挨拶状並びに前記推薦書写し各三万五〇〇〇校を印刷し、これを県下各地区労単位に置かれた各地区「県民の会」事務局あてに発送するとともに、各事務局長に対し、右方針のとおり、本件挨拶状等と「御仏前」を持参のうえ、各地区「県民の会」担当区域内の各末寺を訪問するよう要請し、同時に、右「御仏前」の資金は各地区「県民の会」において一時的に立替えておいてほしい旨依頼した。他方、芳井は、「諸団体対策グループ」の担当区域内の各末寺への「御仏前」に必要な約六〇万円の資金を準備した。(以上の(一)ないし(三)の事実は被告人両名の関係)

(四) 被告人諸岡は、福岡県糸島郡、福岡市早良区、西区、南区、城南区の一部の末寺を直接自ら訪問することとし、同月二四日ころから三一日ころまでの間、氏名不詳の「県民の会」運動員とともに、判示第一の別表(一)記載の二八か寺を含む約六〇近くの寺を回つたが、右二八か寺においては、それぞれ、応接に出た住職あるいはその家族に対し、自己紹介したうえ、推薦書写し及び挨拶状を示すなどして、本山から奥田候補が推薦を受けた旨説明するとともに、門徒への配布分を含めた推薦書写し及び挨拶状各五〇枚前後の入つた茶封筒を手渡し、更に、住職ら応接者の許しを得るなどして本堂に赴き、応接者のいないところで(但し、正福寺を除く。)、本尊にお参りしたうえ、「諸岡秀輔」と上書きした現金五〇〇〇円入り「御仏前」封筒を本尊の前などに置いて辞去し、その後に住職らにおいて右「御仏前」の存在に気付いた(但し、正福寺では、「御仏前」を見た坊守から、持ち帰つてほしい旨言われたのに対し、被告人諸岡が、「そう心配せんでいいですよ。」などと答えて置いていつた。)。(以上の(四)の事実は被告人諸岡のみの関係)

(五) 被告人山根は、筑紫地区労の「県民の会」において奥田候補の当選に向けて活動していたものであるが、同地区労議長白水猛が、前記(三)記載のとおり、担当地域内の各末寺の訪問の要請を受け、同月二八日ころ、同地区労事務所において、判示第二の別表(二)記載の七か寺を訪問すべく「御仏前」等を準備していたところ、たまたま、その場に被告人山根が立ち寄つたことから、白水は同被告人に対し、「県民の会」からの前記要請があつた旨説明したうえ、同被告人において右各末寺を訪問し、本山からの推薦の事実を説明して挨拶状等の文書を手渡し、また、「御仏前」を置いてくるよう依頼した。被告人山根は、これを了承して、「御仏前」については「山根勝禧」と上書きした封筒に現金五〇〇〇円を移し換え、挨拶状等もその内容を了解したうえでこれを持参し、氏名不詳の同地区労担当者とともに、同日及び同月三〇日ころ、右七か寺を回つたが、それぞれ、応接に出た住職あるいはその家族に対し、自己紹介したうえ、推薦書写し及び挨拶状を示すなどして、本山から奥田候補が推薦を受けた旨説明するとともに、門徒への配布分を含めた推薦書写し及び挨拶状各五〇枚前後の入つた茶封筒を手渡し、更に、住職ら応接者の許しを得て本堂に赴き、応接者のいないところで本尊にお参りしたうえ、右「御仏前」封筒をその前に置いて辞去し、その後に住職らにおいてその存在に気付いた。(以上の(五)の事実は被告人山根のみの関係)

3  法定外選挙運動文書頒布について

弁護人らは、本件挨拶状は、浄土真宗本願寺派の推薦の事実を各末寺に伝達し、推薦に対して感謝の意を表明したにすぎず、公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当せず、また、これを選挙運動として頒布したものでもない旨主張する。

しかしながら、右の「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形内容自体から見て選挙運動のために使用すると推知され得る文書をいうと解すべきところ、本件挨拶状には、判示第一の一及び第二の一のとおりの記載があるのであつて、浄土真宗本願寺派が奥田候補を推薦したことを通知、伝達する意味があるとともに、同時に同候補の支援依頼の内容を含むものであり、これが選挙運動のために使用する文書であることは明らかである。

そして、右の推薦の事実は、本来、浄土真宗本願寺派内部の新聞によりその末寺へ通知されるものであるにもかかわらず、これとは別に、被告人らにおいて、選挙運動期間中に、本件挨拶状及びそこに引用された推薦書写しを大量に印刷し、被告人両名それぞれが、多数の末寺の住職に対し、門徒に配布されるべき分を含めた各五〇枚前後の本件挨拶状等を配布したものであつて、右行為が奥田候補を当選させるための投票獲得の意図のもとに行われた選挙運動としての文書の頒布に該当することもまた明らかである。

4  金員供与申込について

弁護人らは、被告人両名が「御仏前」を置いた行為は、宗教的感情に基づく社会的儀礼、慣行として当然の行為であり、供与の申込行為に該当せず、被告人両名においても、本件金員が選挙運動の報酬として住職に提供されたとの認識は全くなかつた旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、被告人両名は奥田候補への投票獲得をも意図し、選挙運動の一環として、本件挨拶状等の配布のため各末寺を訪問したものであり、本件「御仏前」はその機会に提供されたこと、しかも、被告人両名の右「御仏前」の提供は、各自の自発的判断によるものではなく、「諸団体対策グループ」内部における方針及びその要請に基づくものであり、右方針は、県下約六〇〇の末寺に一律に現金五〇〇〇円の金員を「御仏前」として供えさせるというものであつたこと、「御仏前」の封筒上書きには、訪問者である被告人両名の氏名をそれぞれ記載し、あたかも各被告人の個人的な「御仏前」の体裁であるが、実際には金員自体は被告人両名のきよ出したものではなく、右資金は、「諸団体対策グループ」担当分はその責任者的立場にある芳井が調達し、その余の地区担当分も最終的には同人の責任で準備すべきものであつたことなどに照らせば、右金員は、「御仏前」という形態をとつているものの、本来の御仏前、御布施などに通常みられる宗教的、社会的な儀礼、慣習の範囲を明らかに逸脱したものである。そして、被告人諸岡はもとより以上の事情を熟知し、被告人山根においても、右金員の提供が「県民の会」の活動の一環として行われることを了知したうえ、前記のとおり、それぞれ多数の末寺を巡回したものであつて、被告人両名が右各寺で「御仏前」を供えた各行為は、その際各被告人にそれぞれ宗教的感情が伴つていたとしても、これに加えて、各末寺の住職に対し、奥田候補への支援を要請するとともに、門徒に対して推薦を周知徹底させ、投票取りまとめのための選挙運動を依頼し、その報酬謝礼とする趣旨も含んだものとして提供したものと認めるのが相当である。

そして、他方で、各末寺の住職らにおいて、本件「御仏前」の提供に至る経緯やその組織的な態様を全く了知しないことなどから、仮りに右金員を他の一般の御仏前、御布施と同様に扱つたとしても、被告人両名の右供与申込の成否に影響を与えるものではない。

よつて、弁護人らの主張は、いずれも採用しない。

(法令の適用)

被告人諸岡の判示第一の一及び被告人山根の第二の一の各所為は、それぞれ包括して刑法六〇条、公職選挙法二四三条一項三号、一四二条一項に、被告人諸岡の判示第一の二の別表(一)番号1ないし28及び被告人山根の判示第二の二の別表(二)番号1ないし7の各所為は、それぞれ刑法六〇条、公職選挙法二二一条一項一号に各該当するところ、各所定刑中判示第一の一の罪については禁錮刑を、第一の二の別表(一)番号1ないし28の各罪についてはいずれも懲役刑を、判示第二の一及び二の別表(二)番号1ないし7の各罪についてはいずれも罰金刑を選択し、被告人両名の以上の各罪はそれぞれに刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人諸岡については、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の二の別表(一)番号4の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役八月に処し、被告人山根については、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金一〇万円に処し、被告人山根においてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置することとし、被告人諸岡に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、証人斉藤友昭、同小林妙子、同毛織賢正、同高田泰道、同泉谷貞女、同平川證子、同泉谷芳英、同原田宗龍、同今川博一、同岡本兮子、同平川シマ子、同佐々木星子、同佐々木モト、同楠智子、同山﨑鐵城、同波多至孝、同藤﨑正信、同徳永幸子、同西トキヨ、同青木芳成、同伊藤和子、同中村八代子、同佐々木恵波、同柴田一子、同高田愛、同三浦鏡子、同楠原ノブ及び同大久保ヨ子に支給した分は被告人諸岡に、証人藤井正道、同藤野信行、同高原信一、同松藤賢乘、同井上敦之、同大鶴速水及び同簑原キヨ子に支給した分は被告人山根に、証人芳井伸明及び同徳川英範に支給した分はその二分の一ずつを各被告人にそれぞれ負担させることとし、被告人山根に対し、公職選挙法二五二条四項を適用して、同条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官村瀬均 裁判官村田文也 裁判長裁判官仁田陸郎は転補のため署名押印することができない。裁判官村瀬均)

別表(一)(二)<省略>

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